大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

奈良地方裁判所 昭和60年(わ)311号 判決

主文

被告人四名をそれぞれ罰金一万円に処する。

被告人四名においてその罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人四名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人四名は、中核派と対立する革マル派系の全日本学生自治会総連合から、同連合に所属する国立奈良女子大学の自治会を支援するため派遣されたものであるが、共謀のうえ、昭和六〇年一〇月四日午前六時四二分ころ、同日午後に同大学構内の学生会館前で開催すると宣伝されていた講演集会等の中核派の活動を阻止する目的で、学外者の入構が禁じられていた奈良市北魚屋西町無番地所在の同大学学長後藤和夫が管理する同大学西側の高さ約一メートルの石垣の上に設置された高さ約一・四メートルの鉄柵を乗り越えて同大学構内に立入り、もつて、人の看守する建造物に故なく侵入したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、検察官による本件公訴提起は、政治的意図に基づく著しい訴追裁量の逸脱があつて無効であり、公訴棄却されるべきである旨主張するので判断する。

検察官は、現行法制のもとでは、公訴を提起するかしないかについて広範かつ高度の裁量権を認められているのであつて、公訴の提起が、検察官の裁量の逸脱によるものであつても、直ちに無効になるものではないことは明らかである。従つて、検察官の裁量権の逸脱が公訴の提起を無効たらしめる場合のあり得ることを否定することはできないとしても、たとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるものと解すべきである。

これを本件についてみるに、本件全証拠によるも、検察官による本件公訴提起が政治的意図に基づくものであると認めるに足りないし、また後記本件犯行の背景、行為の態様等に照らせば、事案は決して軽微とはいえず、右公訴提起自体を無効とするような極限的な場合にあたるものとは到底認め難い。

よつて、弁護人の右主張は理由がない。

二  次に、弁護人は、被告人四名の本件行為は、可罰的違法性を欠くから、犯罪が成立せず、無罪である旨主張するので判断する。

前掲証拠によれば、(一)国立奈良女子大学の学生自治会は、かねてから革マル派系の全日本学生自治会総連合(以下全学連という)に加盟しており、関西における革マル派の拠点校とされていた。これに対し、革マル派に敵対する中核派は、昭和五九年九月ころから、同大学を同派の拠点校にするため、一か月に一回位の割合で、同大学の正門前等でビラ配付等の情宣活動をするようになつた。そして、昭和六〇年九月初めころからは、中核派の活動家五ないし一〇名が、連日のように同大学に押しかけ、学内に入つて革マルせん滅等と書かれたビラを配付したり、アジ演説をするようになつたため、これに対抗する自治会役員等との間にいざこざが絶えなかつた。そして、同年九月六日には中核派の活動家数名が同大学の家政学部執行委員長に暴行を加えて、傷害を負わせる事件が発生し、同月二〇日にはその報復として革マル派の活動家が同大学に情宣活動に来た中核派の活動家に対し暴行を加え、傷害を負わせる等同大学構内での両派の対立はますます激しくなり、このような事態に対処するため、同大学自治会は、同年九月六日の傷害事件発生後間もなく、右全学連に対し、中核派に対抗し同派から組織を防衛するため、その支援を要請し、その後四、五名の支援者が同大学に来て、情宣活動に現われた中核派の活動家に抗議したり、ビラ作りの手伝等をするようになつた。(二)右のような状況のもとで、大学当局は、学内の秩序を維持するため、学外者の入構を禁じ、教職員による構内の巡視をなす等の対策を講じてきたところ、昭和六〇年一〇月一日配付されたビラによつて中核派が同月四日の午後に同大学学生会館前で講演集会を開催する予定であり、他方革マル派は右集会の「粉砕」を叫んでいることを知つた。そこで、大学当局は、右集会が大学の許可を得ていないものであるうえ、前記のような中核派と革マル派の対立抗争の状況からして、右集会が開催されれば、これに参加する中核派ないしその同調者と、その活動を阻止しようとする革マル派等との間で乱闘が生ずる等の不測の事態が発生する恐れが極めて高いものと判断し、同月二日の評議員会、同月三日の部局長会議、補導協議会等において検討を重ね、同月四日の右集会を開催させない、同日は同大学の正門の通用口のみを開けて、教職員による検門を実施して、学外者の入構を厳しく規制する、教職員約五〇名が大学構内の警戒、警備にあたる、警察に警備要請をするなどの対策を決定した。そして、同大学の学生部長において、右自治会の役員に対し、大学の方針を説明し、学外者が学内にいる場合には、三日中に全員学外に退去させるようにして欲しい旨申し渡した。(三)被告人四名は、右自治会の前記支援要請を受けて、派遣されたものであるが、昭和六〇年一〇月四日大学当局の警備の手薄な早朝に、閉鎖されている同大学の西門横の鉄柵を乗り越えて、構内に侵入したことが認められる。

右事実によれば、本件は国立奈良女子大学構内における中核派と革マル派との対立抗争の過程で生じたものであり、被告人四名は、大学当局が、学外者の構内立入りを禁止していることを知りながら、これを無視して、対立する中核派による講演集会等の活動を阻止する目的で同大学構内に侵入したものと推認されることからすると、右侵入の目的について真摯性が認められないのに対し、大学当局の学外者の入構禁止の措置は前記のような状況下においては巳むを得ないものと評価でき、これに本件犯行の背景、行為の態様等に照らせば、被告人四名の右所為は決して違法性の軽微なものということはできず、したがつて可罰的違法性が存することは明らかである。

なお、右証拠によれば、奈良県警察本部及び奈良警察署の警備担当の警察官は、奈良女子大学の警備要請に基づき、同大学構内への学外者の立入の防止及び侵入者の逮捕を目的として、昭和六〇年一〇月四日午前六時ころから同大学付近において警戒警備にあたることになり、そのうち警察官の浦野ほか約六名は、同大学の西門から南西約二八・七メートル離れた路上に、その姿を隠すような形で駐車した幌付きの軽四輪貨物自動車の荷台に乗つて、その後部のビニールの窓から右西門付近を警戒していた。被告人四名は、同日午前六時三七分ころ、右西門前路上を南から北へ徒歩で進行し、一旦右西門前を通過したが、間もなく引き返して来て、右西門前付近で立ち止まり、相談のうえ、被告人松村玲子、同田内妙子、同林敦美、同渡邉真由美の順に、右西門横の石垣に登り、その上の鉄柵を乗り越えて同大学の構内に侵入した。被告人松村玲子の侵入から被告人渡邉真由美のそれまでの間には約三〇秒かかつており、瞬時に右侵入がなされたものではなかつた。これに対し、右浦野らは、右貨物自動車の中から被告人四名の右行動を注視していたにもかかわらず、立入を防止するために警告する等の措置をとることなく、被告人四名が鉄柵を乗り越えて同大学の構内への侵入を完了したことを確認してから、直ちに右貨物自動車から降車して逮捕行為に移つた。そして、被告人四名は、同大学構内に侵入後間もなく追尾して来た警察官に現行犯逮捕されたことが認められるけれども、かかる事情はいまだ公訴権濫用ないし右可罰的違法性の判断を左右する事由とはならない(しかし、右事実によれば、右浦野らは、被告人四名が同大学構内に侵入後逮捕するため、その立入を防止するための警告等の措置をとらなかつたものと推認され、犯罪の予防をも目的とする警察官の職務行為のあり方としては、その妥当性にいささか疑問があるといわざるを得ない)。

よつて、弁護人の右主張も理由がない。

(法令の適用)(以下略)

(村田晃 加島義正 大谷正治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例